しずくさんの投稿
2020年12月、約10年間の婚姻期間が終わりました。
最後は、調停での醜い争いになりました。
はじまりは、第二子の妊娠
元配偶者は土下座をして「どうしても二人目が欲しいんだ。愛してる。お願い」と子作りを要求してきました。
正直、この頃、私は元配偶者に対して愛情はなく、離婚も視野に入れていました。
しかし、その年の始めに姉が亡くなり、実家の面々はものすごく落ち込んでいました。
もしかしたら、孫ができることによって両親に生きる希望を与えられるかもしれない。
そんな気持ちから、元配偶者の要望を受け入れました。
排卵周期を2周した頃、運良く妊娠。
そして、その時から地獄は始まりました。
元配偶者は、数年前からアルコールの量がかなり増えていました。
私が姉の看病や仕事で多忙を極めた事により長子の世話を頼む事が増えていたのですが、常にアルコールを手にしている状態。
酩酊し、長子に対して暴力暴言を振るっていたことが後に判明しました。
(子が証言し、元配偶者も認めました)
妊娠がわかり、不安ながらもこれから家族4人の生活が始まると気を引き締めた私とは違い、元配偶者は責任を放棄しました。
ある日、私が長子を寝かしつけた後、お酒を飲みながら「離婚してくれ」と言い出したのです。
理由は「子供二人も育てる自信がない」「お前の鬱病をもう支えきれない」という身勝手なものでした。
そして「お腹の子は堕ろしてくれ」と言い放ったのです。
中絶を迫る元配偶者
俺が長子の親権はもらうから。でもお前も母親だし、責任は持ってもらわなきゃいけないから、とりあえず籍だけ抜いてこの家に住んでいいよ。で、俺が再婚するってなったら出てって。長子にももうそうやって話してるから
元配偶者は、配偶者である私より先に子どもに離婚することを伝えていました。
しかも本当に、「新しいママを探すから、その間は仕方ないから今のママと暮らそう」と話していたのです。
妊娠初期、そしてつわり、長子の精神不安定。その全てが、私の安易な考えで引き起こされたのだと思ったら子どもに申し訳なくて毎日泣いていました。
元配偶者は、経験者にわざわざ中絶の話をさせ、「大したことじゃないんだから早く堕ろせよ。慰謝料10万くらいならやるから」と追い詰めてくるし、長子は日に日に不安定になって私から離れなくなり、でもまだ誰にも妊娠の事は言えず…結果10kg近く痩せました。そして失語症のような症状が出て、私の精神も限界でした。
勝手に元配偶者が私の両親に離婚することを話しに行っていたので、毎日のように心配した母からLINEが来ていました。しかし、元配偶者は私が妊娠していることを隠し、「しずくさんと、二人目の子供が欲しかったけど、今のしずくとは望めません」と平然と言ってのけたのです。
LINEの返答がないことを心配した母がその時の住居に来たとき、私は衰弱し会話もままならない状態でした。
正直その頃の記憶はあまりないのですが、長子の前では普通に振る舞おとしていたけど、青白い顔で死んだような目をしていた。と後に母から聞かされました。
幸いにも悪阻はそこまでひどくはなかったのですが、2週間で10kg痩せて、流産していてもおかしくはありませんでした。
でもお腹の子は逞しく生きて心音を聞かせてくれました。
通常より少し遅く、でも決意し母子手帳を市役所にもらいに行き、母に全てを話しました。
外面の良さから、元配偶者の離婚理由(私の鬱病とハードワークによる育児放棄)を信じていた母は泣いていました。
妊娠している事を隠し、一方的に私を悪者にし、そして私もそれを飲む形でもしかしたら中絶を受け入れていたかもしれないこと。親の立場からしたら、悲しいし苦しかったと思います。
元配偶者から命を守る
私は、ひとり親になってもお腹の子を産む。と決意し、元配偶者にもはっきり伝え、そして彼から離れるために(本気で母子共に殺される可能性がありました)実家に戻り別居を始めたのです。
そこからは、なぜか被害者になったかのように元配偶者が自殺未遂をしたり、脅迫めいたLINEやメールなどを何百通も送ってきたり、弁護士を通さず二人きりで話し合おうなどと言っておきながらそのメールがきた二日後に彼の委任した弁護士から内容証明が届いたり、長子に対する子の引き渡し審判を妊娠中、しかも切迫流産、早産の診断が出ている中で起こされ、裁判所に出廷したりと、約2年間にも渡る泥沼離婚劇になりました。
あまりにひどい元配偶者からの仕打ちに私の体は持たなくなり、お腹にいた下の子は管理入院の後新生児仮死で生まれ、その後約1ヶ月間も入院して生死の境を何度もさまよいました。(今は無事退院し、障害もなく元気に過ごしています。)
面会交流は必要なのか?
さて、これを読んだ方に問いたいのですが、こんな父親でも面会をさせなきゃいけませんか?子に、自分のルーツを知らせなければなりませんか?
今、コロナ禍ということもあり、そして私が譲らなかった事もあり、下の子に関しては「間接交流(写真のみ)」に調停調書で定めてあります。
しかし、数年後には「直接交流を含めた交流のあり方を協議する」ともあります。
私は、元配偶者の言動を許すことはできません。
お腹に宿った時点で命にも関わらず何度も殺せと言った。
その子どもに、どの面下げて「自分が父親だ」と言うのか。
かなり酷い話だと思っていたのですが、Twitterを始めたらもっと辛い経験をされている方がたくさんいて、その方々に何かを伝えられたらと思い、今回記しました。
私自身は、二度と元配偶者には子どもに関わってほしくないです。
でも、今の日本ではそのような感情論は通りません。また通すべきではないでしょう。
だから、子どもには離婚した理由もはっきりとは話していません。悪口も言っていません。
いずれ彼らが大きくなって、もし父親に会いたいと願うならその意志を尊重したいとま思っています。(長子については直接交流をしています。ただしコロナがあるので双方合意の元現時点では中止しています)
しかし、その一方で親子である限り縁を切ることができず、虐待し、命を奪おうとしてきた父親に一生付きまとわれる可能性がある子どもたちを守りたいとも思っています。
上記のようなケースでも、裁判所は面会させろ。で終わりです。弁護士も、面会は必要だと言います。
今、調停が終わり、少しずつ前を向いて二人の子どもと過ごしていこうとしています。でも、元配偶者の影がずっと消えないのです。
私はこれからも自分の経験を元にTwitterを続けます。
誰かの力になれたら。
こんな弱々な母でも、一応何とかなってます。
それを伝えたいです。一人じゃないですよ。
しずくさん、ありがとうございました。
二人目を望んでおきながら中絶の要求、嘘や暴言、離婚が成立するまで大変だったと思います。
しかし離婚をすれば終わりではなく面会交流があります。
問題は山積みですが、しずくさん親子に1日も早く平穏な時間が訪れるよう願っております。
しずくさん、大変な経験談のシェアありがとうございます。
身勝手な男が子どもの命を平気で脅かすこと、あたしも絶対に許せません。
それにしても、こういった暴力、もはや殺人未遂とも思えることをしてきた父親に、どうして法律は一辺倒に「面会交流」をさせようとするのでしょうか?
そもそも面会交流とは?
Q1 面会交流とは何ですか。
(A) 面会交流とは,子どもと離れて暮らしている父母の一方が子どもと定期的,継続的に,会って話をしたり,一緒に遊んだり,電話や手紙などの方法で交流することをいいます。
Q2 面会交流に応じなければならないのですか。
(A) 面会交流は,子どものためのものであり,面会交流の取り決めをする際には,子どもの気持ち,日常生活のスケジュール,生活リズムを尊重するなど,子どもの利益を最も優先して考慮しなければなりません。
面会交流を円滑に行い,子どもがどちらの親からも愛されていることを実感し,それぞれと温かく,信頼できる親子関係を築いていくためには,父母それぞれの理解と協力が必要です。夫婦としては離婚(別居)することになったとしても,子どもにとっては,どちらも,かけがえのない父であり母であることに変わりはありませんから,夫と妻という関係から子どもの父と母という立場に気持ちを切り替え,親として子どものために協力していくことが必要です。
なお,相手から身体的・精神的暴力等の被害を受けるおそれがあるなど,面会交流をすることが子どもの最善の利益に反する場合には,以上の点は当てはまりません。
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00017.htmlパンフレット:子どもの健やかな成長のために
法務省:面会交流
~離婚後の「養育費の支払」と「面会交流」の実現に向けて~http://www.moj.go.jp/content/001322060.pdf
子どもが、両親の離婚という大きなできごとを経験することで、「自分が悪いことをしたのでこんなことになってしまったのではないか?」、「自分を嫌いになっていなくなってしまったのではないか?」などと不安な気持ちになってしまうことを懸念して、父母それぞれの立場から、「あなたが悪いんじゃないよ。」、「離れて暮らしているけど、どちらの親もあなたのことを好きなんだよ。」という気持ちを伝えていく一つの方法と位置付けられている。
面会交流についての参考記事:面会交流どうしてる?
だが、その気持ちが親側になかったらどうするのだろうか?
離婚によって夫婦は他人になっても、子どもにとっては父母はともにかけがえのない存在なのは変わらないが、とにかく一辺倒に面会交流をさせようとする今の状況は、前提が甘すぎやしないだろうか?残念なことに、実子を疎んじ、虐待や性的暴行を加える親が存在している。残酷な事実に目を背けていやしないだろうか?
「面会交流は、そんな子どものために行うものです。」とある。
そんな子ども=離婚で不安な気持ちになる子どものためだ。
それなら、離婚で、危害を加えようとしてくる親から距離を取らなければいけない子どもに強制するべきものではないはずだ。その判断をする同居親に、面会させる前提で話すべきことではないはずだとあたしは思う。
子どもにとって親は、自分の安全と安心の拠り所。どうしたって、親の愛情を求めるもの。あってしかるべきものと社会の中でも学ぶ。「面会交流を通して、どちらの親からも愛されている、大切にされていると感じることで、安心感や自信をもつことができ、それが、子どもが生きていく上での大きな力となる」そのことに異論はない。
だけど、母子の命を何とも思わず暴力を振るう夫は存在している。
母子の命や尊厳を守り、慈しむ夫ならば、そもそも離婚に至っていないのだ。
身勝手な夫に尊厳や命を脅かされ、自分と子どもの命とこの先の人生を守るために離婚を決断する。
どうして法までも、母子の命のリスクを取らせ続けるのだろうか?
命を脅かされた母子は、どうすれば面会交流をすることが子どもの最善の利益に反することを認めてもらうことができるのだろう?
しずくさんのご心痛、察するに余りあるところです。 さて、面会交流の意義や内容について考えていきましょう。
1 面会交流は実施すべきか
面会交流について、いわゆる「原則実施論」という考え方があります。
これは、面会交流が原則として子の福祉に適っていることを前提に、面会交流を禁止・制限する事由が無い限り実施すべきとの考え方です。
この考え方に立つと、面会交流を禁止制限すべき事由が制限的に解釈される傾向があります。 これに対し、最近の家庭裁判所実務では、個別の事情をつぶさに見て、子の福祉のために何が最も良いのかを検討するべきという考え方が優勢です。
すなわち、面会交流を実施すべきか実施すべきでないかについては、子の福祉の観点から1件1件検討していくべきという考え方です。
ただ、このような考え方は、最終的には原則実施すべきという結論に行きつくこともあるため、結局のところ、原則実施論とは異ならないのではないかとも考えられます。
このような状況ですので、見方を変えると、面会交流についてはここ数年で裁判所の考え方にも揺れ動くところがあるということになります。
さて、このように、裁判所も揺れ動く状況の中で、面会交流を実施する側、実施を求める側は、それぞれ自らの主張を展開し、裁判所を説得するということになります。 その中で、実施すべきか否かを考えていくということになります。
2 実際
以上の次第ではありますが、結局のところ、子への直接の虐待、子の面前での配偶者への虐待といった「分かりやすい」事情が無いと、裁判所としては、面会交流を「実施しない理由は無い」と考えがちです。
また、「子供が面会交流を拒絶している」という事情についても、監護親の影響が及んでいないかを慎重に検討することとなるため、いくら子が会いたくないと言っても、裁判所としては積極的に、例えば試行面会から進めてみては、などと面会交流を進めてくる傾向にあります。
あくまで傾向にあるというだけですので、実際には、調停委員によっては、面会交流を実施しない方向で相手方を説得してくださる方もいらっしゃいます。
3 本件について
本件で、しずくさんは、元夫による様々な行為に対する思いから、現時点での面会交流を拒絶したいとお考えです。
お気持ちは正しいと思います。
考え方によっては、子を殺せと言った人に対して、その子を会わせようというのですから、そんなの絶対にできないと考えることは自然とも言えます。
他方で、第三者的な考え方に立つと、①面会交流中は立派な父を演じてくれること、②婚姻期間中の態度は、そもそも夫婦間の紛争を前提にしているところ、別居や離婚後には、比較的非監護親の態度は和らぐ、③そもそも現時点で元夫がどのような態度で面会交流に臨むか、子がどのような反応をするかは分からない とも考えられます。
そして、裁判所は、概ねこのような考え方に立ち、「試しに一度やってみよう」ということを勧めてきます。
これは、面会交流を実施することで、父の存在を認識し、様々な良い面での効果が生じると考えられているからです。実際に、一度試しにやってみれば、当然父は良い面を出しますので、うまくいきます。
その後も、順調に実績を積み、面会交流が上手くいくことが多いでしょう。
仮に面会交流を実施する中で、暴力やその他のルール違反があれば、面会交流を中止することも可能です。
とはいえ、一度暴力や暴言が面会交流中に行われてしまえば、それこそ命の危険もあります。
そして、面会交流中に子と心中を図った事件も過去には実際にありました。
そのため、しずくさんのお気持ちやご不安は正しいともいえます。
4 では実際どうすれば良いか
結局のところ、選択肢としては、①徹底的に争い面会交流を実施しない、②安全を確保しつつ面会交流を実施する、という二択かと思うところです。
①については、本件のような事情があれば、監護親の心情を置き去りにして無理やり実施ということは最近の裁判所はいたしません。
調停員も調査官もある程度監護親の話を聞いて寄り添い、その不安を解決しようと努力します。 とはいえ、どのように寄り添われても、実施の方向で行くことには徹底的に反対することができます。
うまくいけば、例えば、「最初は間接交流から」などとして具体的な面会交流を実施しないで済むということも考えられます。
本件では、長子について面会交流が上手くいっていることもこちらには消極的な事情となってしまいますが、それでも闘ってみる価値はあります。
次に、②の方法ですが、例えば、最初は手紙での間接面会交流から開始し、次にZoomなどの監護親が監督できる状態での面会交流を実施し、さらに直接面会交流についても、代理人弁護士の立ち会いや第三者機関での立ち会いが無ければ実施しないなどの対応が考えられます。
これらの方法で、少しずつ悩みを解決しながら実施していくということも考えられます。
以上の次第ですので、あくまで個別の事情により様々な方向性があり、かつ、それぞれの事案でそれぞれの選択肢がありますので、「裁判所は会わせろという」「弁護士もあった方が良いという。」といったことで思考停止せず、子のための最善の努力を尽くして欲しいと思います。
それこそ、一番近くで見ている監護親が諦めてしまえば、子の最善の利益など達成できるはずもありません。
立山先生!ありがとうございます!
しずくさん、また、同じ状況に置かれている人、子どものために頑張ろう!もうひと踏ん張り、頑張ろう!応援してるからねっ!(><)
コメント
>>長子に対する子の引き渡し審判を妊娠中、しかも切迫流産、早産の診断が出ている中で起こされ、裁判所に出廷したりと
これて、裁判所もひどくないですか?お体がこういう状態で裁判しないといけないなんて。延期といった措置はできなかったのでしょうか?
コメントありがとうございます。
ホントですよね…今は無事退院し、障害もなく元気に過ごしているそうなので良かったですけど…思いやりのないモラ夫や男基準な都合が当然と言わんばかりのお役所業務って…理不尽ですよね。